将軍を
陰で支えた
忍者軍団

普通の人が考えつかないような術を使う忍者集団は、スパイとして情報を集めたり、敵の作戦を混乱させるなど、武将の影の軍団として働くプロ集団でした。彼らが使った忍びの術を、「忍者の里」で体験してみましょう。
   
忍者屋敷とは、いろいろなからくりが仕掛けられていて、
屋敷を襲う敵をまどわし、撃退するための忍者の隠れ家です。
屋敷の下には忍者の抜け道
 敵が急に攻めてきても逃げられるように、床板を外すと下には抜け道があります。もちろん攻撃するときにも大活躍!
こんなところに武器が!?
 手裏剣や吹き矢などの武器が、かもいの上や柱などいたるところに隠してあります。
見えないデコボコのある柱
 まっすぐの柱をすばやく上って敵を攻撃できるよう、気づかれないような凹凸があります。
仕掛けがいっぱい
 このほか天井裏から釣り階段への忍び道など、屋敷の中は仕掛けだらけ!

鳥波(すっぱ) 透波(すっぱ) 軒猿(のきざる)
今川義元に仕えた忍者部隊 武田信玄に仕えた忍者部隊 上杉謙信に仕えた忍者部隊
伊賀 甲賀 風間(ふうま)
鈴鹿峠の南の地域で勢力を伸ばした忍者です。家康と深く結びついていて、命の危機に面した家康を200名以上で守ったこともあります。

伊賀忍者と対照的に、鈴鹿峠の北に拠点を置いた忍者です。比叡山延暦寺が統括していた土地柄だったので、厳しく弾圧されることがありませんでした。

関東相模地方の忍者で、総勢200名が4つの部隊に分かれていました。夜行動して、昼は草むらに身を隠していたので、“草”とも呼ばれたそうです。




 忍者はさまざまな道具を使って敵を倒したり、屋敷に忍び込んだりしました。
その代表的なものを紹介します。

水蜘蛛
(みずぐも)
忍び刀
(しのびがたな)
手裏剣
(しゅりけん)
マキビシ
これを両足につけて水の上を歩いたそうです。
柄(え)が長く、つばの大きな忍び刀は、低い塀を乗り越える道具にもなりました。
いざという時、離れた所にいる敵に向かって投げる飛び道具です。
逃げる時に追ってくる敵を倒したり、地面を歩きにくくさせるための道具です。

 家康は、逃げのびた伊賀忍者を守ってあげたり、甲賀攻めを計画する信長をなだめたりしました。それだけに忍者の使い方もうまく、特に伊賀忍者をよく使ったそうです。家康のもとで伊賀忍者を率いていた服部半蔵(はっとりはんぞう)は、手柄のおかげで八千石の旗本の役を与えられ、江戸城西門外に屋敷を構えるまでになりました。その場所は、今も半蔵門という名前で呼ばれています。


忍者と握手すればハッピーな恋に!
カップルの間でウワサのおまじない、それは「日光江戸村の忍者と握手すると彼氏が浮気しなくなる」というもの。忍者には「忍びの里」で会えますよ!
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