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食事は質素なものでした。
しかし、押麦(おしむぎ)、稗(ひえ)、粟(あわ)などの穀物やサツマイモなどには繊維質が多く、腸の働きを助ける優良健康食で、献立は安全で美味しく、栄養バランス的にもきちんと考えられていました |
| 左手前が「きこり鍋」。右手前がセット1,260円。中央奥がセット特別コース1,575円 |
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きこり鍋の由来
今から400年前、関ヶ原の決戦において勝った東軍の総大将、徳川家康公は西軍に与して敗れた佐竹藩を現在の茨城県から秋田県に転村(国替)を行いました。
当時の秋田地方はツンドラ地帯で雑木林が生息する不毛の地でした。この地に入植した佐竹藩の武士団5.000人はまず自分達の生活の基盤となる住居づくりから始めました。
米もなく食うや食わずの状態であったと思われます。武士達は材木を取るために山に入り木こり仕事に従事しました。
特に冬場の昼食は寒いのでタキ火でお湯を沸かし、冷たい「にぎりめし」をあたためて食べておりました。
そのうち、「にぎりめし」を細かく分けて小枝に刺して焼けば、中まで温かくして食べられることに気がつきました。さらに土鍋に湯を沸かし、獲った小鳥等と山にある「ぜんまい・ふき・わらび・セリ」等の山菜を入れ、そこに小枝に刺して焼いたにぎりめしを入れて味付けして食べるようになりました。
たまたま幕府の役人が見廻りに入山した際、この「鍋料理」をごちそうになりました。それが大変美味しかったため、江戸に持ち帰り広めたところ大変評判となり、現在の秋田名物『きりたんぽ鍋』として現在に伝わっております。(ご飯を練って串に刺して焼いたものがきりたんぽ)
この『きりたんぽ鍋』の元祖が皆さんが召し上げる『きこり鍋』です。この『きこり鍋』は苦しみの中から生まれた素朴な栄養食です。
秋田の庶民は小鳥の代わりに当時、海岸で良く取れた魚の「ハタハタ」と、地元で取れる野菜(ネギ・里イモ・ニンジン・ゴボウ等)をいれて食べていました、これが「ショッツル鍋」です。 |
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